世田谷区立桜丘中学校 昭和38年度3年H組落ちこぼれ生徒の二つの失敗, 憧れの高校受験とプロポーズ

〜目次〜

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序章
《前 文》
第一章
《受験ムードと俺の英語体験》
第二章
《中学1年当時の英語の教科書》
第三章
《高校受験案内書》
第四章
《入試時の状況》
第五章
《聖パウロ高校受験理由》
第六章
《妹の事》
第七章
《各生徒について》
第八章
《各先生について》
第九章
《中学3年間の成績表等》
第十章
《生徒手帳》
第十一章
《修学旅行》
第十二章
《卒業写真と名簿》
第十三章
《その後の感想と俺の人生》
第十四章
《同級生の皆様へ》
第十五章
《雑記》
第十六章
《思い出の昭和史》
番外編
《実録会話と想定会話》
あとがき
《総決算》

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第十一章《修学旅行》

 時は1963年5月。行き先は奈良・京都。2泊3日の行程でした。当時は新幹線が無く往復共修学旅行専用列車の《ひので》号(155系)でした。外部の色はオレンジ色と黄色のツートンカラーの片側2ドアーで内部はテーブルとやや大き目の網棚がありユニークな感じがしました。外部は東海道線(湘南電車)と同一構造でした。今の俺には考えられない狭い車内で窮屈な思いをしなければならない苦痛な長旅でした。行った先の奈良では餌を求めて人懐っこい鹿が印象的でした。雨の琵琶湖の脇をバスで通った事もありました。京都・奈良では有名な寺巡りをしました。金閣寺、銀閣寺、法隆寺、清水寺、薬師寺等でした。一つだけ面白い現象がありました。それはバスに乗っていて止まっていた時の事ですが、同級生の金城が民家の2階から顔を出した若い男を睨み付けていてその男も金城を睨んでいたのです。暫く膠着状態が続いたところでいきなり金城がその男にペコペコした事です。そしてバスは発車しましたがまるで金城がその男を虚仮にしているみたいで面白かったのです。誰かが金城にこう聞いていました。《金城、何やってたんだ?》金城の答えは《変な野郎が覗き込んでいたのでおちょくってやったんだ》。それを聞いていた俺は思わず笑ってしまいました。他に食事の時に金城はある生徒からこう言われました。《金城、飯を溢しているぞ》と。俺もそこを見たら確かにそうゆう状態でした。余り行儀の良くない生徒でした。
 スムースな人間関係を構築する事が苦手だった俺にとって友達とか話し相手等居る筈も無く、当初から修学旅行なんて行きたく無かったし第一嫌でした。その結果僅か二泊三日の行程でしたが苦痛その物でした。例えばこうゆう事がありました。ある日の夜の事です。確か晩飯の後だったと思いますが、各自自由行動の時間があって、その時は各自それぞれ友人達と何人かでグループを作って京の夜の街に繰り出したのです。しかし俺の相手は誰も居ないと言う状況の中で、その旅館の玄関の所で立ち往生していたらD組の男子生徒二人組みと出会いました。お互いに顔と名前は知っていました。何故なら俺にとって一人は1年の時の同級生・伊藤直樹であり、もう一人は2年の時の同級生・神谷信一だったからです。そこで俺は《友達とはぐれちゃってね》と言った処伊藤直樹から《じゃあ俺達と一緒に行こう》と言ってもらえてほっとしました。この時の彼らの俺に対する対応には心から感謝しております。今後万一顔を合わす事があれば是非こう言いたい気持ちでいっぱいです。《あの時はありがとうございました》と。伊藤直樹については第七章にその記載があります。尚余談ですがその3年後の高校の修学旅行は中学とは正反対で友人や先生に恵まれ非常に楽しい思い出が心に残るとても素晴らしい内容でした。
 ここに掲載した《古都の美》の絵柄は当時(1963年5月)の修学旅行先の奈良で買い求めた十枚一組の絵葉書の入れ物の表紙部分にしか過ぎません。しかし肝心のその中身の絵葉書より遥かに素敵なので掲載致しました。大昔の奈良の都の美しさを最も適切に表現したとても素晴らしい逸品だと思います。ですからこの絵柄を見ると昔のほのぼのとした懐かしさの様な気がしてなりません。タイム・マシーンがあれば是非行ってみたい世界です。
 修学旅行先で買った物は絵葉書の他には仏像の写真集と五色豆でした。その写真集もまだ持っています。
 他に修学旅行用電車《ひので》号の写真と時刻表を掲載しました。その理由はよりリアルに、立体的に、鮮明に描写して再現する事によってその時の状況を正確に把握出来るからです。しかしこの時刻表は第三章の高校受験案内書と同様に古本屋、公立図書館、インターネット等色々探したのですが発見には至りませんでした。JR東日本にも聞いたのですが《そんな古い物は無い!》と冷たく断られてしまいました。最後に発見した所は国立国会図書館であり、その蔵書のその部分をコピーしました。しかしそのコピーでは読み難いのでパソコンによるワード処理を横書きで表示しました。この電車の運転区間は品川〜京都であり、その距離は506.8キロです。特にユニークな点は《下り》と《上り》では約2時間(正確には1時間59分)もの大差があったと言う事実です。下りは7時間35分、上りは9時間34分でした。停車時間を除く走行時間に於ける大きな差のベスト4は次の通りでした。
 
大船〜小田原 (37.4キロ) 下り29分 上り  57分 差28分
浜松〜名古屋 (79.9キロ) 下り67分 上り  88分 差21分
名古屋〜米原 (54.0キロ) 下り44分 上り  63分 差19分
沼津〜静岡 (108.9キロ) 下り96分 上り112分 差16分
 

ひので号の《上り 下り》の時間差

  下り 上り 上りの下りに対する時間差
走行時間 438分  540分 +102分
各駅の停車時間 17分 34分 + 17分
合 計 455分 574分 +119分


 1963年5月 修学旅行用電車《ひので》運行時間
     品川〜京都=506.8キロ
下り 列車番号1131M  所要時間7時間35分 
品川(8:20発)〜横浜(8:39着・8:40発)〜大船(8:59発)〜小田原(9:28着・9:29発)〜
熱海(9:48着・9:49発)〜沼津(10:07着・10:09発)〜静岡(10:52着・10:54発)〜
天竜(11:59発)〜浜松(12:07着・12:10発)〜名古屋(13:46着・13:50発)〜
米原(14:57着・15:00発)〜大津(15:46発)〜京都(15:55着)

上り 列車番号1132M  所要時間9時間34分
京都(19:26発)〜大津(19:35発)〜米原(20:20着・20:27発)〜名古屋(21:55着・22:00発)〜
浜松(23:52着・0:02発)〜静岡(1:18着・1:20発)〜沼津(2:23着・2:25発)〜
熱海(2:50着・2:52発)〜小田原(3:17着・3:19発)〜大船(4:16発)〜横浜(4:34着・4:38発)〜
品川(5:00着)
 天竜駅の停車ついては《下り》はありましたが《上り》はありませんでした。
現在(2007年5月)の新幹線《のぞみ》では次の時間となります。
下り 品川 (8時20分)〜京都(10時33分)所要時間2時間13分
上り 京都(19時26分)〜東京(21時46分)所要時間2時間20分
              (品川は通過する為に東京としました)  

ひので


 

   俺がその次に長距離列車に乗ったのは1972年3月下旬で東京〜西鹿児島へ行く急行桜島・高千穂号でした。当時の日本の最南端は与論島でしたので、そこへ一人旅したのです。列車に乗って居るだけで25時間(桜島号)なのですから、ひので号の方が遥かに楽でした。しかし人間関係を考えたら単独行動の方が圧倒的に気楽でした。(下の画像をクリックすると拡大表示します)

ひので時刻表1

       所 要 時 間 比 較
              品川発〜京都着    京都発 〜 品川着
1963年5月 ひので  8:20〜15:55 19:26〜 5:00
2007年5月 のぞみ  8:20〜10:33 19:26〜21:46
                              (東京着)
    (下の画像をクリックすると拡大表示します)

ひので時刻表2

奈良公園 パンフレット

1963年5月 修学旅行集合写真

鹿苑寺
金閣寺

銀閣寺

薬師寺 法隆寺五重塔

清水寺
清水寺

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