世田谷区立桜丘中学校 昭和38年度3年H組落ちこぼれ生徒の二つの失敗, 憧れの高校受験とプロポーズ

〜目次〜

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序章
《前 文》
第一章
《受験ムードと俺の英語体験》
第二章
《中学1年当時の英語の教科書》
第三章
《高校受験案内書》
第四章
《入試時の状況》
第五章
《聖パウロ高校受験理由》
第六章
《妹の事》
第七章
《各生徒について》
第八章
《各先生について》
第九章
《中学3年間の成績表等》
第十章
《生徒手帳》
第十一章
《修学旅行》
第十二章
《卒業写真と名簿》
第十三章
《その後の感想と俺の人生》
第十四章
《同級生の皆様へ》
第十五章
《雑記》
第十六章
《思い出の昭和史》
番外編
《実録会話と想定会話》
あとがき
《総決算》

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第六章《妹の事》

 俺の兄弟姉妹は一歳年下の妹が一人居るだけです。俺と同じ中学に在籍し通学していましたが、妹の成績は俺とはほぼ正反対のオール5に近く学校側(校長先生等)からは大きな期待をされていました。しかし彼女は超一流の都立高校を受験したのですが敗退し、仕方無く他の高校(中大杉並)へ行きました。我々兄妹二人共それぞれ夢の第一志望校に失敗したのは血統か、血筋か、呪われているのか、それともただ単に不運が重なっただけなのか正確な事は不明です。しかし中学時代の成績通りの暮らし向きが現在の我々兄妹二人にあります。つまり成績がトップクラスだった妹は上流階級の貴婦人であり、成績が底辺にあった俺は下層階級の貧乏労働者だからです。しかしお互いに健康には恵まれ元気に生活をしております。
 尚それぞれ中学卒業後に於ける進学先の学校(高校、大学)のレベルについては俺にしても妹にしても、中学時代の成績そのものがストレートに反映した結果となりました。
 俺は中学2年の暮にちょっとだけだったのですが学習塾に通っていました。その効果か否か分かりませんがこの時だけはちょっと成績が良かったのです。同じ塾に妹も通っていました。しかし成績の悪い俺を嫌がって妹は生意気にも俺に《恥ずかしいから来ないでくれる?》と言っていました(こんな言い方をするなんて優しくないよ)。それに対して俺は《社会科だけでも人並みの成績なんだからいいじゃないか》と反論した処妹は渋々引き下がりました。確かに親も学校の先生方も学力万能と考えていましたから俺にとっては肩身の狭い思いをしていました。しかし何時の時代も学力が総てという価値観は変化していません。学生時代はそれで通っても社会人になるとそうではないと気付く事になるのです。その妹は今大学受験予備校で英語の先生をやっております。出来の悪い学生・生徒にもしっかり教える先生ならいいのですが…。伝え聞いた処では校長先生や教え子からは好評との事です。
 その妹のダーティーな話があります。それは俺も妹も中学時代に外国切手を通信販売で買っていたのですが、その会社から不当な請求をされた妹はこう言って怒っていました。《その会社に検便を送ってやろうか?》と。中々面白い発想をするもんだと感心しました。でも実際にはそんな行動はしなかったのですが・・・。代金後払いというシステムだったのでいい加減な利用者も居たのでしょう。その会社からの督促の葉書には《親や校長先生に通知する》と書いてありました。それを脅迫と感じるか、面白いと言って笑うかは個人の資質の問題です。その会社は新宿区百人町にあった《切手の友社》で、山手線・新大久保駅の脇にありました。
 ではその妹の中学時代に関する自筆コメントは次の通りです。悩みの無い優等生かと思っていたのですが、この文面を読んで彼女の心の中を垣間見る思いが致しました。

妹のコメント1

妹のコメント2

妹のコメント3

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